SUGA×HORIBE

一世紀を越えて、香川県三豊市仁尾町の町並みを建造物を通して見守ってきた菅組。自然と向き合い、周囲の環境に耳を澄ませた家づくりを行う建築家、堀部安嗣さん。讃岐緑想はこの2人の思いから誕生した住宅です。ここでは、対談から2人が考える住宅について、少しご紹介します。

菅「仁尾の町は、昔からあえて鉄道を通さなかったりと利便性を排除してきたので、昔ながらの空間が今も多く残っています」。
堀部「よく住宅はプライベートな空間、公共施設はパブリックという風に区別されますが、私はそれは違うと思っていて。どんなに小さな住宅でも、外観や佇まいはやっぱり公共的なものだし、外部とのつながりの中で存在すると思うんです。でも家を建てる時、普通そこまで考えないですよね。多くの場合は、家づくりは家族のもの、と考えると思います。そんな中で、菅組さんの「讃岐の風景をつくる」というコンセプトはどこから生まれたんですか」。
菅「私の原点は、学生時代に巡ったヨーロッパの小さな街。日本の街並みとの違いにがく然としたのを覚えています。建材は地元の石や土を使うのが当たり前で、昔ながらの風景が脈々と受け継がれていて、そのどれもが美しいんです。一方で日本は、多様性や個人の趣向を重視した結果、新建材があふれ材料が多すぎるために街が美しくない。それで原点に還って、町の風景の一部としての建物、という思いに至りました」。
堀部「その土地ならではの風景ですよね。建築が持つ役割の1つに、人の記憶を宿して継承することがあると思っています。育ってきた街の原風景や、その人を形づくってきた源が家にはある。人間は、思い出や記憶がなくなると未来を思い描けない動物なんだそうです。懐かしいと感じるのは、過去を振り返っているのではなく、未来の自分を描けるから懐かしいと感じる。今の立ち位置を肯定したり、自分の価値観を確かめているわけですね」。
菅「家は、家族という最小単位の歴史や記憶を預かる場所であると」。
堀部「食べ物に置き換えると、例えば中華やイタリアンといろんなジャンルの料理は確かに美味しいけれど、でももし白いご飯と味噌汁という“自分の源”がなくなったらどうでしょう。家も同じですよね。白いご飯と味噌汁のような“自分の源”に還れる家が、本当は一番求められているのかもしれないなと感じますね」。

実際に仁尾の町並みを歩いて、町の雰囲気を感じながら、2人は家づくりへの思いをさまざまに語り合いました。讃岐の風景の中に佇む、自分の源をつくる場所。讃岐緑想をとおして、建築や住宅の存在、そしてそこに建つ意味を改めて知り、考えてみるのも良いかもしれません。

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